前夜は、午前4時近くに寝て、今朝は7時45分起床。と言うのも8時半に決算申告のお客様の来社が予定されていたからである。ところが・・・みえないので、電話するも失念して喫茶店にでも行かれた様子であった。雨で現場がなくホッとされたのであろう。
やがて、予定より1時間遅れで来社されて、安堵した。重要なお話(提案)があったからである。厳しいけれどもお客様の為であるから、しっかり、お話しておいた。
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11時15分に終えて、11時半から半時余りの特命事案の電話相談があるまでの間にも論文執筆に当たる。
昼食の後、出版社からの新聞広告を知らせるメールと共に売れ行き好調の旨のメールがやり取りされた。5,000円を超えるような高い本は、そう簡単には売れないからである。
1時から、やっと論文に没頭開始する。後は表現をどれだけ正確にするかの問題である。この正確にするというのは、実は逆の意味もあるから難しい。つまりどれだけ婉曲的に表現するかの問題でもある。
ここで役立ったのが論文の書き方の類の本である。が、普通の本ではない。普通のこの種の本は、まっとうな書き方の指南であるが、そうでないのである。昨夜は半徹夜しながらこの本を読み直して笑ってしまったものだ。
そうこうしながら、最後の推敲を重ねる。
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途中、夕食とその休憩時間に「漢字事件簿」の第三回目だったかを鑑賞し、これまた驚く、戦後日本の漢字文化について「水俣病」が影響を与えていたことを初めて知る。いわゆる「怨旗(おんばた)」のことである。驚きと感銘とである。
怨旗を考案したのは、水俣地元の作家である石牟礼道子氏であった。凄い表現力である。患者たちの万感の思いを表す「怨」の字は当用漢字にはない文字である。
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先に、論文の校正紙の送付先のFAXを出版社に送っておき、論文の最終確認をする。そして11時45分、リミット15分である。いよいよ送信!
もちろん、金曜の夜だから、出版社の担当が読むのは月曜日であろうが、兎も角、締め切りを守ることが大切である。
また、土日の間に書けばいいやと思えば、次の締め切りのものが、幾つもあり、それに手がつかなくなるので、今夜で手離れしなければならないのだ。
連日の飲酒になってしまうが、今夜は飲まずにはいられない。飲んで少しウトウトとしたが、寝ようとすると未だクールダウンできてないのだろう、中々寝付けない。先日の日野原先生の2分で寝付く話を思い出していた。結局、1時半過ぎに寝たろうか?