3時半起床で4訂版執筆が続く。予定を変更して朝からの執筆打ち合わせを午後からにして貰い、グループ法人課税の章の執筆を続ける。
集中することは「分け入ること」。分けて分けて・・・入り込む「執筆作業」は、同時に全体像を見失うことでもある。2月のスケジュール表はピンクの執筆と橙のプレゼン関係、黄色のポッドキャスト録音に色分けされている。日付の頭にある丸囲みは「休肝日」の印だ。
昼食も摂る間も無く追われて12時20分に名古屋に向い1時半から先輩と共に執筆に当たる。お互いに満身創痍といった感で、疲れていた。まだまだだが、休めないといけないと判断して、7時20分からケアのため夕食をご馳走になった後、入浴しマッサージを受ける。
右肩に絆創膏が残っていることを施術者に教えてもらって驚いた。1月27日の胃のレントゲン撮影時に胃の動きを止めるための注射の際の絆創膏だと思う。ということは、半月間そこにあったことになる。
如何にいい加減にしか体を洗っていないか・・・の証明のようなものだ。そう言えば、右肩上は利き手でない左手を上げて洗う必要があるから力が入り難いこともあって、タオルで撫でる程度にしか通過しないのだろう。
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このまま、カプセルに泊まりたいが、そうすると明日の朝の執筆が出遅れるので、10時にマッサージを終えて岐路に就く。
JRでは、買ってから中々読めないでいた福岡伸一氏の『世界は分けてもわからない』を読書する。
博士の本は、愛読書の1つであるが、この本は、忙しさにかまけて放置になっていた。と言うよりは、忙しいので読めないな~と思いつつ、買っておかなきゃと買った途端に安心してしまって、読んだ積りになってしまった・・・よくある専門書と同じ症状である。
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今回、何故、改めて読もうかと思ったかは、執筆企画戦略を煮詰める中で、没頭し集中し続ける自分を、一度客観的に見直す必要に気付いたからであった。
もう、年末から、正月も関係なく、ずっと潜在意識の中にあり、経営計画を立案してそれを元に年賀状を作成するときは、顕在意識で考え続けてホテルに缶詰で考え続けていたから、「ぞっこん」状態になっていた。
この本は、8日位から読み出していた。サブタイトルのように大きな帯にはこうある。
「顕微鏡をのぞいても生命の本質は見えてこない!?科学者たちはなぜ見誤るのか?」
深く考えなければならないが、視野が狭くなることを防がねばならないバランス感覚が積読になっていたこの本を希求したものと思われる。
帰宅して就寝は0時頃となった。