インド2日目5時半起床で、流石、強行視察スケジュールである、6時からの朝食では一人部屋のN先生を加えて会食する。一旦部屋に戻ってから、トイレは1階のロビーに入ると小便器は位置が高いのに驚く。インド人もビックリ!ならぬ「日本人はビックリ!」である・・・自分の足の短さに!
3泊したグランドホテル
バスで2時間半なので、なるべく前の席に座った。自己紹介はトップバッターとなる。シートベルトを既に締めていたので立ち上がるのに引っ張られた。そこで浮かんだ挨拶の言葉が「シートベルトにつかまってしまい失礼しました、シートベルトと最近は『シーベルト』に敏感になっていて・・・」と始まって大いに笑って頂いて受ける。
その後、準じに自己紹介が進み、渋滞の激しい道を、それでも予定通りダイヤモンド電機に到着する。到着してまず行くのはトイレである。
何と、バスの中にもトイレらしき施設があったが、ニーハオ型のような物かと警戒したのか誰も使わなかった。
会社には、靴の上からカバーを履いて日本的な靴を脱ぐ生活とインドの靴を脱がない世界を繋ぐ方法だと思った。
石井社長から解説がる。この会社は自動車の12Vからプラグの1万ボルトへの変換器を製造されているのである。
まずは、インドの経済、自動車産業の状況を伺う。GDP昨年8.6%、IMF予測では今年8.25.来年7.75%がインド全体の話。3直(3交代)でやっているとのことの工場を見学させていただいた。かって、勤務しているとのの巻き線コイル製造業と良く似ている製造工程であった。見学の後の、日常生活の話などもより興味を覚える話を伺えた。
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工場前で陽射しの強くなった中、初めての集合写真を撮影して、再び2時間半掛けて昼食会場のセレブ御用達のレストランに向う。
空港でのチェック以上の探知機のゲートとボディチェックを受けて入店し、ナイトバーのようなレストランンに入り、F先生と向い合わせの席と隣にビデオカメラマンの2人の席となった。
6種類の様々なカレーをお好みで付けてナンを頂いた。
この店を出ると泊まっていたグランドホテルが近くに見えた。ということは戻ってきたということか?さらに半時ほど移動して、日本企業向け会計事務所の説明を聞くための訪問だが、人数が多くて、別の貸し会議室として、ちょっと古い建物の3階に招かれて説明を聞く。
ここでは、インドの経済成長と法律・会計・税務コンプライアンスについて興味あるお話を伺った。「プレスノート」というルールが4月からジョイントベンチャーの承諾なしになった。LLPはまだ不明確で進んでいない。
インドで会社30%の法人税率で、国外設立の場合は40%。設立に4ヶ月、駐在員事務所では半年ほどかかる。閉鎖は半年から9ヶ月かかる。法律・税制・会計は変更過渡期だそうだ。設立後に請求書を発行できるまでにさらに3ヶ月掛かる。借入の金利10%超と高い。
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私は何故インドに行くことを決心したのだろう?勿論、ブリックスの1つとしての新興国インドのポテンシャルの高さから今後のビジネスの潮流はインドを抜いて語れないほどに重要性はますことだろう。しかし、そうだからと言って、零細事務所の私にとってそれが如何ほどの影響があるだろう。
恐らく、仮に数少ない私のクアライアントがインドに進出するとなったら、私は迷い無く、サチンさんやAさんを紹介することが、クライアントのために最も役立つことだろう。
今後、何度もインドを訪問したにしても、クライアントを導けるほどのノウハウの構築にはおぼつかないことだろうし、仮にそれをやるにしたにしても、零細事務所においては財政正常の制約からほとんど不可能な選択枝であろう。
サチンさんを紹介をするだけだったら、むしろ、インドに行く必要もなく、サティさんを知る実務経営サービスのNさんに頼めば済む話であろう。
だから、純粋に観光だけにきたのだろうか?いや、それならば、巷にある普通の旅行会社のツアーパッケージで済むし安いことだろう。
直感で行くべきと考えた・感じたことを、何故、そう感じたのか?自分の心を分析する。
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訪問先と、ビジネスの視点が不可欠である。現地を見ながら、サチンさんからの話で、スーパーリッチからアッパーミドルを挟んで、貧困層に至る格差の意味するところと、日本で得られる情報の限界性から、真実に近いインドの姿を見ることが可能だったことはこの視察の有意義さを物語る。
しかし、それをも、私自身がインドに進出するならともかく、さらにはクライアントに付いて行ってサポートするビジネスを展開するなら必要だろうが、冒頭に述べたようにそれもない。
しかし、私の直感はインドに行くべきだと判断していた。むろん、こんな機会でもなければインドに行くこともないだろうから、文字通りの冥土の土産との言い訳としての視察の面も少しはあったろう。
ただ、それをも超越して、私の直感は行くべき、「行きたい」と考えていた。その1つは好奇心である。既に世界のメガトレンドのうねりの中で、現に起きている変化を確認し体感することだった。
その体感の中で、身近に適切な解説を与えてくれる存在として、ビジネスの視点を、しかも日本のメンタリティーも理解した上での、「日本でいう***と同じ、或いは違う***という意味ですよ」と通訳してくれるガイドの存在は有意義であった。
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そして